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からくり的考 -その1-

初めて『からくり的』を見たのは 私が高校生の夏・・・。
たしか 家元のおうちのお稽古場・・・。
今は亡き先代様(四世宗家)が、お弟子さんに会のための稽古をつけていらっしゃいました。


おもしろい地歌舞があるんだなあ!」(地歌舞って判っていなかったと思うけど・・・)
「こんなロボットダンスみたいな舞やったら、私にも出来そう。やってみたいなあ!」


不遜にも、大胆にも、地歌舞の怖さや難しさどころか、地歌舞の何たるかもわからない当時の私は、素直にそう思ってしまったのでした。(幸いなことに口には出さなかった ホッ )
今の私なら、誰かがそんな事を言おうものなら「十年早いわ。出直して来い!」と、一喝してたかもしれないのに・・・・・・・。若気の至りとでも申しましょうか・・・・・・ゴメンナサイ。


そんな大胆な出会いをしてからはやウン十年?
こんな私でも今回住まいのミュージアムでからくり的を舞わさせて戴いて、7回を数えることになります。

からくりが舞える嬉しさでひたすら稽古して出た…初めての舞台.
その後、神社での奉納、格子の家での公演等‥
そして、昨年鴻池新田会所での座敷舞の会.

色んな所で勤めさせていただきましたが、その度にからくりの難しさを感じます。というより、その度毎に難しさもバージョンアップしてきます。
でもやはり好きな舞の一つです。

芸とはそういうものかもしれません。
その難しさを知ることが楽しさでもあります
難しいと感じれる自分になれたという・・・。

嬉しいこともあります。同じ作品を何度か舞台に載せるということは、
「ああ、前の時は出来なかったのに、今回は出来るようになってるわ!」とか「やり易くなってる!」とかが、身をもって実感できるのです。
その時の嬉しさときたら…!!!☆☆☆です。
すこし、作品に近づくことが出来た瞬間です。

その反面、過去の自分を振り返ると、顔から火が出そうになります。
「ああなんて下手な芸を人前に晒していたんだろう!」その時は一端に舞えている!なんて思っていたのか、などと思うようなら、ますます・・・ まるで顔が真っ黒焦げになってしまうんじゃないかと思うほど自分の心持が恥ずかしくなります。

こんなことを書いていると、同じあやまちばかりを繰り返しているように思います。
芸のバージョンアップもさることながら、人間のバージョンアップがなかなか思うように出来ません。そのほうが難しいのかも知れません。


私の好きな世阿弥の言葉 
  ?初心忘れず?―己の未熟さたるを知れ― 
を忘れず、たゆまぬ努力をし、心身ともにステップアップしていきたいと思います。



芸はたのしく、むつかしい・・・・・。



-追記-
からくり的のことを自分なりに考察してみようと思って書き始めたのに、とんでもない方向に話は展開してしまい、とりとめのない日記になってしまいました。次回、試みます。

『芸はたのしく、むつかしい。』四世宗家がよく口にされていた言葉です。

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