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ならまち上方舞鑑賞会を前にして・・・。

明日、11月15日は、七五三のお祝いが各神社にて行われることでしょう。

着慣れない着物を身にまとった子どもたちの成長を

神様に願い、祝う姿は、

いつの時代もほほえましく、嬉しいものです。


私も人の親として、

子どもが七つを迎えたときは、

小さな命の成長のひとつの大きな節目を感じ、

なんともいわれぬ安堵感を持ったことを思い出します。


子どもが三つを迎えるまでは、

ちょっとした発熱、怪我でもすぐに命の危険を感じ、

必要以上にわが子を心配したものです。


いたいけなわが子の命のはかなさを強く感じるのでしょうか。


そのえもいわれぬ心配が、

子どもが七つを迎えたときに少し和らいだ気がいたします。





人の親となって、初めて親のありがたみがわかるものです。





日本各地において、七五三のお祝いを迎えられた子どもたちの

素直な成長をお祈り申し上げます。




さて・・・、


前置きが長くなりましたが・・・、



明日、11月15日は、ならまち上方鑑賞会が行われます。


30回目となる素の地歌舞の会です。
  

あす、わたくしは、地歌舞の代表曲といえる『ゆき』を舞わせていただきます。




初めて『ゆき』を習ったのは、

お名取の試験を受けるために、お稽古をつけてもらったときでした。

『ゆき』というものの深い意味も解らず、

ただただ一生懸命に『ゆき』の振りを習い、型をお稽古しました。


第一印象としては、

振りの美しさに心驚かされました。


高校生の私にも、『ゆき』というものは山村流にとって特別なものであるということはわかっていました。





だから、『ゆき』を舞うときはいつも緊張いたします。





かつて四世宗家が、

「ゆきは曲もええし(いいし)、振りもええ(いい)、

曲を聴いて自然と振りが出てくるようにならんとあかんよ」

と、言われていたことをいつも思い出します。


初めて習ってより、三十年余りが立ち、

お稽古も含めて何度となく舞わせていただきました。



「二十代には二十代のゆき・・・、

 三十代になれば三十代のゆき・・・、

 四十には四十代のゆき・・・」


       よく言われる言葉です。




   世阿弥のいう『時分の花』を咲かせるということでしょうか・・・。




その年齢にならないとわからないこともあり、

また、

そのとき、その年齢でないとわからない、感じないこともあります。


だからこそ、

そのとき、

その年齢を大事に生きなければなりません。



人生を上手に送り、

その人の年齢にあった年の取り方をしていくことが

上手に舞を舞うこつのひとつかもしれません。


しかし、


人生の送り方にお手本や答えなどありません。


その人の経験、感性、教養、プライド、人柄・・・等といった 『心』の部分と

一生懸命に稽古を積み、精進を重ねた 『技』、

そして、年齢の持つ 『体』

が、うまく重なわなければ いい舞が舞えないのかもしれません。




自信などありませんが、


謙虚に・・・そして、素直に


いまの『ゆき』を舞いたいと思います。





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