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変若水・をちみず -その2-

沖縄にオチミズの民族伝承があります。

昔々、美しい宮古島に始めて人間が住むようになったときのこと。美しい心の持ち主であったお月様とお天道様は、人間にいつまでも変わらぬ美しさと長寿を授けてあげよう思いました。そしてアカリヤザガマを節祭の夜に呼び、2つの桶を渡しこういいました。

「この桶の1つには変若水もう一方の桶には死水が入っている。この変若水を人間に浴びせて長命を持たせなさい。そして蛇には死水を浴びせなさい」

アカリヤザガマは重たい2つの桶を持って節祭の夜に島へ使者として旅立ちました。

地上に降り立ったアカリヤザガマは天から長い旅をしてきたのでとても疲れてしまいました。そこで草むらで体を休めようとしていたところ、その隙に一匹の大蛇が現れて人間に浴びせるはずの変若水をジャブジャブ浴びてしまいました。

アカリヤザガマはたいそう驚いて「いやはや、これは困った。まさか蛇の浴び残しを人間に浴びせるわけにもいかないし。・・・こうなったら、仕方が無いから死水の方を人間に浴びせよう」と泣き泣き死水を人間に浴びせてしまったのです。

アカリヤザガマは天に帰り、ことの次第をお月様とお天道様に話しました。お月様とお天道様はたいそうお怒りになられ桶を担いで永久に立っていることを命じました。こうして今でもなお、お月様の中に桶を担いで罪の償いをしているアカリヤザガマが見えるということです。

人間は死水を浴びてしまったのでいつかは死んでいかなくてはならなくなりました。一方蛇は変若水を浴びた為、始終脱皮を繰り返し生まれ替わって長生きをするようになったのです。

お月様はその後もなんとか人間に不死を与えてあげようとしました。そして毎年節祭(せち)の夜に大空から若水を送るようになりました。それ以来人間は祭日の第一日の黎明に井戸より水を汲み、「若水」と呼んで珍重するようになったのです。
             常識ぽてち より


なんとも心温まる、楽しいお話だと思いませんか?
沖縄には、“エ(イ)ラブ-”と言われる海蛇を神様とするお祭りがあるらしいです。


日本神話にも、ツクヨミ(月読・つくよみのみこと)という月を神格化した、夜を統べる神様が登場します。

古事記では、ツクヨミはイザナギノミコトが黄泉の国から逃げ帰って禊をした時に右目から生まれたとされています。
それは、もう片方の目から生まれたアマテラスオオミカミと、鼻から生まれたスサノオノミコトと共に重大な三神の一つとされています。

万葉集では、そのツクヨミは若返りの水“をちみず”を持つ者として登場いたします。

その歌が、次です。

 天橋(あまはし)も 長くもがも 高山も 
 
    高くもがも 月読(つくよみ)の
 
持てる変若水(をちみず) い取り来て 

   君に奉(まつ)りて 変若(をち)しめむはも



日本だけでなく、中国の古い伝説にも若返りの仙薬の話が幾つもあり、やはりお月様と深く関わりあっているようです。
また、ギリシア神話に登場する太陽の神アポロンと月の神アルテミスをみても然りです。
世界中に共通する日月起源譚です。

月の満ち欠けする姿が、人の死・または万物の死と再生に繋がったのでしょう。
それは、引力と深く関わり、海の満ち欠けとなり、月はときとして海を支配する神とも考えられ、たくさんの『若水』信仰が生まれたのでしょう。


いろんな理屈を抜きにして・・・
お月様は、いつも神秘的で美しく、そして神々しく、見る人の心が洗われます。
いろんな姿に変化する『水』というものに対しても、私たち人間は太古から、『月』と同じような畏敬の念を持ってきたのでしょう。
それは、理屈ではない・素直な心の表れです。
ともすると現代人は、日頃の忙しさに紛れて、一番当たり前な感動の心や感謝の心を忘れがちです。


“伝統”というものに携わる者にとっては・・・
人間の素直な心や驚き(畏怖)を無くしてその“伝統”を受け継ぐことはできないように思います。

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