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なら 玉響の会 演目紹介 -ぐち-

 なら 玉響の会 演目紹介 ーぐちー


ぐち 


「ねえ、チカのママだけ演目変じゃない ぐちって!」

娘の友達の一言。



たしかに、ちょっとびっくりする題名ですよね。

でもこの『ぐち』は、

大変色気のあるお話・・・で、

男女の逢瀬と別れの切なさをを愚痴っているのです。


とても、洒落た雰囲気の唄と舞です。

若い頃より、

ああ!ああいう舞が舞える大人になりたいなあ!と憧れの演目でした。

でも、実はわたくし、この分野の舞がとても苦手でした。

(なんか今得意のような感じですが・・・、相変わらずです。)


そこで、わたくしが、

初めて本舞台で『ぐち』を舞う 心境を綴ったもの(ブログ)を紹介いたします。




***********



私にとっては・・・冒険です。

『ぐち』。

前回、何てことない曲です、なんて書きましたが・・・。

とんでもない!名曲です。


男女の逢瀬の楽しみと別れのつらさを、

さらっと・・・

歌い上げた いかにもおとなの曲です。

それでいながら、

なんとも艶っぽく、粋で上品な色香が漂います。

これが、私の持つ『ぐち』の印象です。


当流(山村流)では、

何てことない(これが曲者です)振りが付いており、

情感あふれるきれいな曲調や 粋な歌詞をこわさぬよう、

つかず離れず・・・の

実に洒落た作品になっています。

こんな作品を、何気なく舞うのは・・・とっても困難です。

ぐち・・・。

地歌舞の中でも いわゆる座敷舞の代表的な名曲と言えましょう。

何度もいいますが、

この作品を さりげなく舞う・・・。なんと、大変なことでしょう!


設定としましては たいていは・・・、

芸妓(遊女)ということになります。

男女の仲には色々ありますが、夫婦で無いことは確かです。

夜明けを告げる烏に文句を言い、

明けの鐘に心慌てるのですから。

心ならずも・・・別れが待っているわけです。

愛し合う者同士にとって 

この別れというものほど切ないものはありません。


そのなんとも言えない 恋ごころを心に秘めて、

上品に女の色気を舞う・・・。

これが、私のイメージする『ぐち』です。


**********


かれこれ、7年になります。

以前舞っていた時とは、色気の捉え方が随分と変化してきたことが、お稽古通して感じています。

うまく言葉では表現できませんが、ぐちのイメージが何となくではなく、場面が鮮明に見えてきだしました。

この時なんとなく・・・、などと表現していたのは、間違ってはいませんが、分かっていなかったのでしょう。いえ、恥ずかしさとあこがれが同居していたのかもしれません。

今も、そう色気があるとは思いませんが、男女の想い合う心根や優しさを舞や振りが教えてくれます。
お稽古をする楽しさです!
少しは大人になったのかもしれません。


娘に「ママも少し大人になったわ!」というと、

「えっ!もうすぐおばあちゃんやで!びっくりするわ!」

私としては、いつまでも少女のつもりでいたのでしょうか(>_<)

この年になって大人になったわ!

そりゃ、びっくりしますよね!(๑≧౪≦)


上記写真は、その7年前の『ぐち』の舞台写真です(^-^)



******************


『ぐち』ー歌詞ー
愚痴じゃあなけれど これまあ 聞かあしゃんせぇ

たまに逢う夜の 楽しみは

逢うてぇ 嬉しさ

別れの つらさ

えぇ~ なんの 烏がぁ 意地悪なぁ~


おまえの袖と わしが袖

合わせて うたの 四つの袖

路地の細道  駒下駄の

胸おどろかす 明けの鐘



ぐち(愚痴)。

上方端歌。本調子。作詞作曲不詳。


地歌には、二つの流れがあるといわれています。

当道職屋敷の中で、

いわゆる検校(けんぎょう)や勾当(こうとう)などの資格を持った者によって作られた曲と、

自然発生的に、庶民の間で流行し広がった曲とがあるようです。


この後者の地歌を端歌系統のものと言い、一般に上方端歌(唄)と呼ばれています。

上方唄は、作者不詳の小曲が多く、『ぐち』もその一つです。

また、この曲を一層有名にしたのは、

「おまえの袖・・・」からの後半部分が“梅川忠兵衛”井筒屋の下座音楽として使われたからです。

哀愁漂う旋律が、

心中へと追い詰められていく二人の心情とあいまってより舞台に情感を添えるのかも知れません。

その後半の唄・・・・

「おまえの袖とわしが袖 合わせて唄の四つの袖」

“四つの袖”とは、鶴山勾当の古曲『四つの袖』のことで、

当時の切ない恋の唄の代表格であったようです。

男と女が戯れてお互いの袖を重ねあう様子を描いた・・・四つの袖

なんとも、情緒のあふれる表現です。

 ―――  路地の細道駒下駄の 

           胸おどろかす明けの鐘  ―――

駒下駄は、もとは雪の日や水を打った庭用の履物であったが、女性の履物に使用されるようになり、

新吉原で角町菱屋の芙蓉が履き始めてから、遊女や玄人の女性の愛用するものとなったようです。


駒げたを履いて、細い路地を恋しい人のもとへ急ぐ様子

早くも明けの鐘が鳴って、胸驚かす様子を情緒豊かに謳いあげ、

どことなく哀愁が漂い、

艶やかな情感の余韻が残ります。


当流(山村流)では、ここで終わりますが・・・、

このあと、原曲ではつづきがあります。

参考までに・・・。

 ―――  おまえのことが苦になって

           二階住まいの恋じゃない  ―――




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